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読書記録。世の男たちの、生活からの逃避について所感

駅前の本屋に息子と行ったとき、表紙をこちらに向けて書棚に置かれていた本二冊が、なんとなく気になって、図書館で借りて読んだ。

はぶらし (幻冬舎文庫)

はぶらし (幻冬舎文庫)

 

内容は、十年ほど付き合いの途切れていた友だちからいきなり呼び出され、リストラされてアパートも追い出されてしまい、子連れで一週間泊めてもらえないか泣きつかれて、やむなく了承するものの……みたいな話。著者紹介を読んだら大学の先輩であった。

七十歳死亡法案、可決

七十歳死亡法案、可決

 

こちらは近未来、七十歳でみんな安楽死するっていう法案が可決されて、介護にあたっていたお嫁さんと、ひきこもりの息子を軸に進む家族の物語。

さてこの二冊、どちらも「こんなときあなたならどうしますか」的な、ちょっと考えさせられる、あってもおかしくないような話なのだが、これに出てくる男たちがまあ、しょうもないことしょうもないこと……小説を新刊で読む層は圧倒的にわたしくらいの中高年女性が多いらしいので、そのあたりの共感を呼ぶためなのだろう、それはわかる、わかるんだけども、さ……読んでいて、けっこうしんどかった。

まあ、男に限らず女も、なかなかどうしてしょうもないんだけど、というか人間ってしょうもなくて、それを書き出すことに小説の意義みたいなものが、ないとは云わないけど、それにしても! これらの物語に、それなりにリアリティがあるとすれば、世の男性って、どんだけ情緒がなくて、どんだけ生活するってことを他人に任せて生きていくつもりなんだろう、と呆れてしまうのだが、そういえば実際に自分のまわりを見ても、まあそんなものかもしれない……まあ例外もいるけど、そういう男は珍しくもなんともないのだ。

最近どこかで「子どもが生まれると嫁が変わる」ということについて「そりゃ家族が増えて生活も価値観も激変して、自分が守らないと死んでしまうものが産まれるのに、変わらなかったらやばいし、もし変わったとおもうならそれは夫が変わっていないってことだ」みたいな意見を読んでその通りだとおもったり、「育児をする男性のことは、イクメンではなく父親と呼びます」ということばに納得したり、まあそういうことが多いわけです。男は女みたいに自分の中に生命を作り出すわけでもなく、外に働きに出て女と子どもを食わすという役割に於いて、こどもができてもできなくても変わらないとしたら、そりゃ父親として変わっていくことは容易ではないですよね。うん、わかるわかる。いやわかるけどね、だめでしょそれ。しかも、いい年こいて。

わたしは自分の男を見る目は悪くないという自負があって、とにかく暴力をふるわれたことは一度もないし、なにかやらかして逃げちゃうみたいな意気地のない男もいなかったし、しょうもない奴はいたけどしょうもないなりに心はきれいで、お年寄りに席を譲れるような男しかいなかったわけですが、それでも「誰のために働いてると思ってるんだ」(自分のために働いてください)とか「自分の時間がない」(働いてる時間も自分の時間ですよ)とか「二人で食べるもの、何か作ってあげようか」(自分も食べるのに『あげる』って付けなくてよくないか?)とか云われたことはあり、そういうのもどこか甘えを感じるな、とおもうんです。結局、俺がやりたくもない仕事や家事をやっている(やってあげる)のは、家族のため、女のため、みたいなことを思いたがるひとが多くて、でもそれって自分で選んだ仕事で、自分で選んだ生活で、つまり自分で選んだ人生でしょ? とおもうのです。それも結局、誰かのせいにしたいんだろうなあ。ほんとうはやりたくなかった、でも仕方ない、そういうことにしておきたい、だって誰かのせいじゃないと、やってられないわけです。俺なんでこんなことしてるんだろう……それは家族のため、こどものため、好きな女のため、そうおもわないとやってられない。逃げ出したい、投げ出したい、でもできない、その言い訳にされるわけです、女こどもは。やってられないのはこっちだと云いたい。

そりゃね、年収何百万以下はゴミだとかおもってるゴミ女は別でしょうけど、わたしは貧乏でも大丈夫なほうなんです。慣れてるんです。なにせ18歳まで自宅のトイレがボットン便所ですよ。舐めるなと。任せとけと。むしろ貧乏楽しんじゃうぜと、云いたいわけです。

わたしは、大事なのは年収より信念だから、汚いことして稼いだ一千万より、やりたいこと一生懸命やって、世の為人の為に誠心誠意を尽くして、やっと頂いた十万円のほうが、ずっと価値があるとおもっていて、そういう男でいてほしいんです。働かなくていいとかじゃないのよ、もちろん。でも、やりたいことやって、それでお金がもらえないなら、それはもうしょうがないじゃん。じゃあやりたいこと我慢して年取っていくの? それより、やりたいことやって、衣食住我慢したほうがいいじゃん。そうとう我慢したって、そうそう死なねーよ。

でもそれは、いやなわけよ、男が。だったら家族のためとか云うな! 自分のためだって自覚して働け! おまえの人生だろ!! と、おもいます。ええ。

別に家族のために働くことがいけないとは云いませんよ、もちろん。ただ、家族を、やりたくないことをやる理由にするはやめてほしいし、あなたはあなたの人生を一生懸命生きてほしいし、そこに言い訳をしないでほしいだけ。なんかそういう、やりたいことをやらない言い訳をする男って本当に多いから、いやだなあ、とおもいます。三十過ぎて、コンビニバイトしてたっていいじゃん別に。きみが選んだきみの人生じゃん。それをさ、あーだこーだ理由つけることないよ。そもそも興味ないしさ……。

まあ女も似たようなものかもしれないけど。わたしは商売柄、酔った男たちの愚痴や言い訳を何十も何百も聞いてきたから、たぶんそうおもうのです。ちなみに、そういうお店で愚痴や言い訳をするのは大歓迎。だってこっちは、うんうんそうだよね、わかるわかる、あ、もう一杯いただいてもいいですか?ってお金になるんだから、ギブ&テイクですよ。家庭に持ち込まず、ぜひそうやって発散させて帰っていただきたい。あくまでもわたしの話であって「自分は小遣い制だからキャバクラも風俗も行けないんだ」みたいのは知りませんよっと。

結論。問題提議する系の現代小説は、むかつくから苦手。ことばも美しくないし。