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やさしい女子たちと意識高い系のわたし

身近に、わたしにやさしくしてくれる女子がふたりいて、彼女たちは別にやさしくしている自覚はないだろうし、そもそもほかの人たちに接するように普通にわたしにも接しているのだろうけど、わたしはそういう風にひとに接してもらえることがあまりないので、というか全然ないので、すごくやさしくしてもらっているとおもっている。そういう、やさしくするつもりもなくやさしいことをできるひとのことを、ほんとうにやさしいひとだと云うのだとおもう。わたしにはそういうことができないから、そのふたりのことをとても尊敬している。ひとりはここをたまに読んでくれている子で、他にもたまに読んでくれているひとはいるんだろうけど、読んでいるよとアクションを起こしてくれるのがその子だけなので、わたしはすごくその子に救われている。わたしは自分の書くものをもう誰も求めていないということに、みんながおもっているよりもずっとずっと傷ついてしまっているので、大丈夫だよと云ってもらっている気がして、ほんとうに助けられている。もうひとりは犬の相談に乗ってくれた子で、その子も誰にでもやさしい子でわたしもたまたまその恩恵にあずかっているのだけなんだけど、なにかとことばをかけてくれたりしてほんとうにありがたい存在で、仕事以外での人付き合いがクソ下手くそなわたしと定期的に会ってくれる数少ないひとなので、神さまみたいだとおもう。そんでそのふたりにすごく共通点が多いということに今日ふと気づいてしまってすごくびっくりしたという話なんだけど、自転車乗りであって、ごはんをつくるのがべらぼうに上手(ふつうにうまいというレベルでない)で、アロマとかヨーガとかそっち系(なんて乱暴なくくりだ)だし、40歳くらいで新婚さんになった(ような気がする、たぶん)とか、なんかもろもろに気づいて興奮してしまった。やっぱり徳が高いひとはわたしみたいなクソ虫にもやさしくしてくれるようで、心からありがたいです。

昨日はわりとふつうの精神状態だったんだけど今日はひどい、らしい、ものを書いていて気づいた。今日は自分がゴミだとしかおもえないので割とつらい。

話は変わりますが「意識高い系」ということばがあるじゃないですか。

“意識高い系”とは、元々はネットスラングで、インターネットで自分の経歴や人脈を過剰演出し、パッと見はスゴい人のように思えるのですが、実際の経歴や活動は大したことない人々のことを差します。

『意識高い系』というのは数年前からネットスラングになっている言葉で、セルフブランディング、人脈作り、ソー活、自分磨きに前のめりになっている若者たちのことをいいます。 彼らはやたらと自分を大きく見せたがり、SNS上で活動をアピールするという特徴があります。

特徴は、常見によれば、
1.やたらと学生団体を立ち上げようとする
2.やたらとプロフィールを「盛る」
3.全ては自己アピール、質問が長い
4.ソーシャルメディアで意識の高い発言を連発
5.人脈をやたらと自慢、そして利用する
6.やたらと前のめりの学生生活を送る
7.人を見下す、の七つ。

本当に意識高い人は自己向上の為だけに行動してる。
意識高い系はそういう行動をして周りから評価を得る為にやっている。

わたしこういうの読むと、自分がものすごく「意識高い系」なんだな~って自覚するんだけど(ただし若者ではない)、それのなにがいけないの? っておもう。傍から見てて痛々しいのはよーーーくわかるけど、別にわるいことじゃないよね。ていうかそういうひとたちを「痛いww」とか寄ってたかって云う奴らのほうがよっぽど悪いよね。でもたぶん善悪とかどうでもいいんだろうな……。あーはいはい痛いよわたしは、痛々しい人間だよクズだよクソだよゴミだよ、死ねばいいですか? 死にましょうかね? 構わんですよ全然、ていうかこれが痛いわww 、はいはいエンドレスエンドレス

まわりからどんなに痛いと云われてもまったく意に介さないカラ松はほんとに素敵ですよね、わたしもどうせ痛いんだからああいう風に生きられたらいいのに、カラちゃんの痛さにチョロちゃんの自意識にトッティの繊細さを兼ね備えているので全然おもしろくないネタにならない可哀想……あーーーもうやだーーーー

読んだ本や知人のSNSで「悪口ってほんと愉しいよね」「性格悪い女の子って可愛いよね」みたいな発言を読むたびにすごい気落ちする(瀬戸内寂聴が書いてたのにはさすがに、うってなった)んだけど、気持ちはわかる、すごく。まあ物事の判断をなるべく善悪の基準で考えたい、という欲望がおかしいよね。どうしたらいいんだろうねこれ。どうにもならんし、どうもしなくていいのか。そうか。そうだよな。

なんかブログの書き方とか忘れちゃったんだけど、なんだろうねこれ? 最近はひとのブログを読むことがめっきりなくなって、noteやcakesなどのプロだかセミプロだか自称プロだかの書いた記事を読むことが増えたのでどうしても引っ張られるというか、だいたい記事ってなによそもそも? エッセイとかコラムじゃん、日本語でいうとなんだろう、随筆? 随筆だよね? ブログも随筆か。うーんなんだかよくわからなくなってきた、というか文章を書くのがへたくそになりすぎていてこわいです。まあどうでもいいか。

とりあえずツイッターを見すぎたのが原因なので、また見るのをしばらくやめて……とか考えてたけど諸悪の根源でしかないのでやっぱりいっそやめよう! と考えています、あああああもーーーーー