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こどもは、育てたいようには育たない。育てたように、育つ。

子どもは、批判されて育つと 人を責めることを学ぶ。
子どもは、憎しみの中で育つと 人と争うことを学ぶ。
子どもは、恐怖の中で育つと おどおどした小心者になる。
子どもは、憐れみを受けて育つと 自分を可哀想だと思うようになる。
子どもは、馬鹿にされて育つと 自分を表現できなくなる。
子どもは、嫉妬の中で育つと 人をねたむようになる。
子どもは、引け目を感じながら育つと 罪悪感を持つようになる。
子どもは、正直さと公平さを見て育つと 真実と正義を学ぶ。
子どもは、励まされて育つと 自信を持つようになる。
子どもは、ほめられて育つと 人に感謝するようになる。
子どもは、存在を認められて育つと 自分が好きになる。
子どもは、努力を認められて育つと 目標を持つようになる。
子どもは、皆で分け合うのを見て育つと 人に分け与えるようになる。
子どもは、静かな落ち着きの中で育つと 平和な心を持つようになる。
子どもは、安心感を与えられて育つと 自分や人を信じるようになる。
子どもは、親しみに満ちた雰囲気の中で育つと 生きることはたのしいことだと知る。
子どもは、まわりから受け入れられて育つと 世界中が愛で溢れていることを知る。

うんうん。ほんとですよ。わかりますよ。しごくなっとく。わたしが人と争わないのは母の中に憎しみがなかったからだとか、自分を可哀想だとおもわずに済んでいるのは周りがわたしを憐れまなかったからだとか、人に感謝できるのはたくさん褒めてもらったからなのかなとか、尊重してもらえてたから自分を表現できるんだとか……人に分け与えられるのも、平和なこころを持っているのも、やはり母のおかげだなとおもいます。

しかしその一方で、わたしに巣食う強大な罪悪感や、抗えない恐怖、そして人を責める気持ちなどは、やはり環境に因るのかなともおもったり。ひとのせいにするわけではなくてね。

自分のこどもには、罪悪感だけは持たずに大きくなってほしいなとおもいます。産まれてきてくれて、ありがとう、と毎日云いつづけたい。