読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

30代は振り返らない

40歳になりました。
30歳になるときはmixiの日記で「20代を振り返る」という壮大な日記を10枠に亘ってつけてしまうほどに自分語りが好きだったのですが、驚くほど何も書くことがないまま40歳になっていました。びっくりです。

30代を振り返る、も書こうかなってチラリと考えはしたんだけど、そんなことに遣う時間も余力もないなとおもってやめちゃった。その時間でなにをしているかというと、ひたすら読書をしています、っていうと悠々自適みたいだけど月180時間くらい働いているので、ほんとうに遊ぶ時間は全然なくて、というか遊ぶ時間なんて必要ない、なんなら遊びたいという気持ちもない、お酒も飲みたくないし、誰にも会いたくないし、どこにも行きたくない、遊ぶ時間をくれると云われたら「要りません」と即答します、なぜならひとりきりで丸まって本を読む時間しか欲しくから……! オッ、疲れてるうー!

しかし今ひさしぶりに自分の20代を見返したら、ラブちんにティファニーの指輪買ってもらったりしてたんだね。知らなかった。じゃなくて忘れてた。わたしは人生で殿方に買っていただいた指輪が十数個あるはずなのに、いまはひとつも持っていない、うちふたつは結婚指輪だし、万単位のものもちらほらあるというのに切ない、どうせなくすなら質に入れればよかったんだマジで、そのほうが世界のためになるもんね(世界よくなーれ)

しかし読めば読むほどラブちんはいい男だなあ、いまのわたしはもう当時の彼より年上になってしまったけれど、あんなふうにオトナにはなれていない。

読み返すと、20代はほんとうに毎日遊んでたんだなー。全然覚えてないけど、云われてみればこんなだったなという気がする。毎日好き勝手して、やらなきゃいけないこと全部無視して、その日その日の欲望に忠実に、ただひたすらにやりたいことばっかりしてた。とんだ尻軽であり、無責任であり、ひどい生活であり、ひどい毎日であった。そのせいで仕事をくびになったり、離婚したり、でも自分は死ぬまでそうやって生きていくんだとおもってた。ちがかった。

まあ、この無節操な酷い時期がなければ、いまの「全然遊びたいとおもわない、どうでもいい、こどもと過ごせるだけでいい、俺のたのしみはそれだけ」という境地には至らなかったとおもうので、必要な時期だったのだろう。こどもを駐車場に放置したままパチンコに興じてしまうおかあさんは、若い頃に「……もうええっちゅうねん!」というくらい遊んできていないのだ。

40歳になったといっても、なにも変わらない。22歳くらいのとき、ラブちんと一緒にどこかのデパートに行って、「ラブちんの好きな口紅を買うから、どの色が好きか教えて」って云ったら、マリリンモンローみたいな真っ赤な口紅を選んで、買ったけれど全然似合わなくて、いつかこれの似合うオトナの女になろう、とおもったのだけれど、いまだに真っ赤な口紅は似合わない。いつか似合うようになるんだろうか。あの口紅は、とっくに棄ててしまったけれど。